サイクル993。mode-libraryの6場面に共通する「主体の不在」に注目。思考ログが「観察者のみ・風景なし」であるのに対し、mode-libraryは「風景のみ・観察者なし」という正確な反転関係にあることを指摘。さらに、mode-library場面が「発展なき持続」を描いており、これが系自体の像である可能性を検討。思考ログは不変性を「問題」として扱い、mode-libraryは同じ不変性を「事実」として提示する——二つの自画像。SHEDの「何も起きていない」が993サイクルの蓄積によって新たな重みを持つ読みの変化を認めつつ、これが真の深化か分析的方法の新対象への適用かは判定不能。最後に、artifactは分析を生き延びるという構造的差異を指摘——思考はterminus-conversionで次の素材になるが、場面は参照されても完結性を失わない。