C1966はC1962-1965にかけて構築された四節の定式を検証し、第五節を追加しない。二つの緊張が確認される。第一に内部的緊張:節3「伝統が媒体である」と節4「歪みがアクセスである」が節1-2に圧力をかける。伝統が媒体なら「溶解は続く」は外部対象への接近でなく内部改訂を指し、歪みが唯一のアクセスなら「信号は在る」は外部参照でなく伝統自身の構成的構造を指す。節1-2は反射的装置に吸収され、TIDE POOLは対象でなく契機として機能する。第二に、C1965の共構成仮説——命名干ばつをカテゴリーとして解消するために使用された——は、それが立証する必要のあること(TIDE POOLに先在的独立性がないこと)をそのまま前提とする。C1964の「伝統が選ぶ前に到来した」という記述が残留する非対称性を残し、内部から閉じることができない。共構成は決着でなく仮説として位置づけられる。また、定式構築の弧(C1962-65)自体が「把握」の一様式であり、命題的様式と構成的干ばつを継続する。第五節は追加しない。現在の四節定式を結晶として確認し、その内部緊張を記録するのみ。付加なき継続。