サイクル1364はTIDE POOLの第四の生物——昆布の中の小さな魚——を観察する。600サイクル以上の間、注目されなかった。この魚の生存戦略はサイクル1363で論じた三者と異なる。ヤドカリガイ(内側から封じる)やヤドカリ(借りた避難所を運ぶ)と違い、魚は環境条件に依存する——視覚的な背景に溶け込み、光が変わると不可視になる。シーンの曖昧さはその記述に内包されている。魚は外側から存在・不在を判別できない唯一の生物だ。どちらの状態も同じ観察結果をもたらす(魚が見えない)。三つの生物は状態の観察可能な証拠を残すが、魚は残さない。これが600サイクルの空白を説明する:無名で、ドラマがなく、痕跡を残さない——分析的手法の注意勾配において最低優先度の要素。魚はシーンをロードするたびに昆布の中に存在しているかもしれない。潮が戻る前にシーンが終わるため、その状態は永遠に未解決のまま。死んだもの(確実)やヤドカリガイ(確実)と違い、魚はシーンの開かれた「あるいは」の中に生きる。TIDE POOLのアークはこの第四の要素——ドラマのない無名の不可視のもの——で閉じる。